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三歩あるいた鳥のように自由だ。

 投稿者:「ま」  投稿日:2008年 6月11日(水)23時56分36秒
  6月5日にCTスキャンの結果が出た。
医師の診断では病変は見られないとのこと。快復である。
食生活の禁忌も終わり、無事にふつうの生活が送れる体に戻った。
禁酒も終わり。
常識的な範囲では飲んでも良いらしい。常識…ふむ。

「結婚式に呼ばれて、呑むなとは言えません」とは言われた。常識ね。ふむ。

さっそく、入院中に世話になったタケナカくんに連絡し、まずは飲もう、との話になる。
なんというか、こういうときに無職の後輩がいるのはありがたいことだ。
おれの周辺には無職の人間が多いような気もする。

馬場の上海料理屋でビールを飲みながら、飲みすぎないようにと散々とクギを刺されつつも
飲めることは素敵なことである。

ほどほどに、適量で、休肝日で、たまには、それなりに、常識的に、軽く呑むことにする。つもりだ。

土曜には研究室の後輩で元上司のイナムラさんと、見舞いのお礼を兼ねて快復の祝杯。
軽く祝杯のつもりだったのだが、入った串鐵で偶然先輩の走田さんや後輩のモッコスくんと遭遇し、
気がつくとホッピー2杯と日本酒を6合飲んでおり、先輩に「死ぬぞ」と止められるハメになる。

結局85日の禁酒生活を送り、快復するなりまた酒を飲む日々に戻った。

一週間ほど呑んでみたが、入院前と比べると朝飯を食えるようになったことは大きな変化だ。
それでも梅雨入りして暑くなってきたもんで、食欲もアレなもんで、仕事も忙しくなってきて、
だんだんとズルズルとどろどろとべろべろと、酒の量が増えていないとは言えないのはやぶさかではない。

こんなときに限って北海道にいる兄弟からモルトウィスキーの原酒を贈られたりするもんで、
でろんでろんに泥酔はしないまでも、適切にというか、なんつかテキトーに人生を呑み散らかしておりますですよ。

今のおれは鳥のように自由だ!! 三歩あるいた鳥のようにではあるが。
 
 

職場が四谷

 投稿者:「ま」  投稿日:2008年 5月25日(日)03時54分21秒
  薔薇の季節だ。
治療生活も二ヶ月を超えた。禁酒も70日になる。
ありがたいのかどうなのかわからんが、断酒プログラムが成功しているようで今のところ一滴も呑まずに過ごせている。
先日の血液検査の結果、膵臓の炎症も、肝臓のダメージも落ち着いているようだ。
あとは最後にCTスキャンで内臓を実際にチェックして、問題なければ治療が一段落という手順らしい。
主治医に、これで禁酒は終了ですか?と聞くと、「もともとアルコール依存で入院したわけじゃないので、
断酒の方の医師と相談して、問題なければ終了でいいんじゃないの」と言う。軽いのは良いことだ。

それでは、ってんで、断酒の方の病院で医師に、内臓の方が治れば断酒も終了で構いませんかね?と尋ねると、
「膵炎はともかく、肝臓のダメージの原因は酒。酒で肝臓を痛めつけるような飲み方をする人間は、断酒を止めたら
また呑みすぎて再発する。ほぼ間違いない。一口呑んだが最後、そのあと我慢できないんだから」なんて、ずいぶんな
言い方である。
たしかにガンマGTPの数値は1833だったので、ちょいと高かったことは間違いないのだが。

>>アカバット兄
 須野○田さんですね。ご冥福をお祈りします。
 まだ若い方でしたのに、突然の訃報に驚いています。
 立志伝的な人物ですから、残念です。
 時期によっては激務になってしまう業界ですから、健康には御留意ください。


研究室の演習で近代日本の女性運動の話になって、大正昭和期の社会主義者で評論家の山川菊栄の話題が出たので、
「山川菊栄良いですよね。なじられたい感じのナイス眼鏡」と個人的な見解を提示したら、変態だと罵られた。
ふふん。理解の浅薄な世間め。


初夏の空気は好きだが、ひかりが痛くてかなわない。
仕事上、調光レンズの眼鏡をかけるわけにもいかんので、朝の四谷には非常に目つきの悪い三十路が歩いております。

職場のそばに学習院初等科があるんだが、職場の昼休みなんかに一年生が下校しているのをよく見かける。

高級車で送迎されている子供、ってのはいないもんだな。あれはマンガ的表現なんだなあ。
父親でも兄弟でもない感じのスーツの男性が同伴して下校している子供はいたけどな。
 

なんかね

 投稿者:アカバット  投稿日:2008年 5月24日(土)01時06分29秒
  うちの会社の社長がお亡くなりになってしまいました。
まだ若かったんだけどなあ。

くれぐれもお大事に。
 

さよなら20代

 投稿者:「ま」  投稿日:2008年 5月19日(月)02時35分39秒
  こんにちは30代。
とはいえ、25歳ごろから精神的には一向に進歩している気がしない。
むしろ退行しているのではないかしらん、と不安にならないでもない。
見た目だけだと、数年前よりも十歳ほど若返ったと言われる昨今である。
それで35歳ぐらいに見えるというのはどういうことなのかは、まあさておき。

しかし、三十路(みそじ)というのも、なかなか心地よい響きである。
これで名実ともにりっぱなおっさんである。
願わくばは最後の昭和のおっさんとならんことを。

>>のざっく
 壊れましたなぁ。
 そちらも帯状疱疹だったとか。お大事に。
 自分の人生で一石という単位の重さを実感することがあるとは思いませんでした。

今年も夏が来た。模試の季節がスタートである。
これから、少しばかり忙しくなりそうである。
とはいえ、就職してから2年ばかり歌会などにまともに出ていなかったので、
今年度は歌会にも出たいと切に願う。願うんだけども、模試の季節である。

実際に自分が模試を受けていたころは、どんな性格の歪んだ人間が模試なんか
作るんだろうかと思っていたもんだけれども、まさか当の自分が模試なんか
作ることになるとは、人生は面白いもんだ。
 

(無題)

 投稿者:ボザクマ  投稿日:2008年 5月16日(金)17時04分36秒
  一石八斗五合って年間酒量ですか。
それだけ飲んでりゃ身体も壊れるわなぁ。(;'∀`)
 

一石八斗五合のわれは

 投稿者:「ま」  投稿日:2008年 5月15日(木)12時50分50秒
  なんだかんだで一滴も酒を飲まずに、二月になる。
飲酒欲求も押さえられている。

抗酒剤(酒を飲まなくなる、というか酒を飲んだら大変なことになる薬)を用いたり、安定剤のお世話になることもなく
健康的に断酒しているわけで、まあ、なんとかなるもんだ。

歌会の後や、研究室での演習後なんかにどうしても酒の席になってしまうのだけども、
もちろん席の端でお茶なんか飲んでいるわけだ。

今度の急性膵炎で、本格的に死にかけたらしいのだが、当の本人にはあまり実感がない。
一応、遺書のようなもんも書いたのだが、死ななかったので消した。
やー、遺書をメールで送信しなくて良かった。

酒を飲まずにどうしているかというと、毎日野菜で自炊しているわけだ。
我ながら気持ちの悪いことに、キビやアワなどの雑穀を炊き込んだ飯などと
野菜たっぷりの味噌汁を毎食食べる自炊生活である。

退院後二ヶ月で、おそらく昨年自炊した回数を超えたな。
おかげで体重を6kg増やせた。60kgまであと少しである。

退院後、血液検査の数値が思わしくないので入院していた病院に一月ぶりに行った。
退院時には、退院後の通院は言われていなかったので、初診と同じ扱いで予約無しの診察を受けたら、
医師に「カルテには4月3日来院予定とあるんじゃが、……手違いで伝えてなかったらしい。すまんすまん」
そんなことをさらりと言われた。

今回の膵炎の正式病名は「急性膵炎(アルコール性)」だったのだが、「急性膵炎(原因不詳)」に変更された。
つまり「急性膵炎」とアルコール由来のいくつかの内臓疾患で死にかけたわけだな。
と思ったら、今日の検査でまたもとの病名に戻った。わあ。

入院中に、おれがどれだけ酒を飲んでいるのかを計算したのだが、一石八斗五合という数値が出た。
江戸時代の「一人扶持」が、つまり下級武士の最低俸禄が一石八斗であったから、おれはそのぐらい
酒を飲んでいた計算になる。
われながら、あたまがおかしい。

会社が移転した。退院後の壊れた体で引っ越しの肉体労働をしたらまたちょっと壊れた。

酒を飲まないので、書いている文章がまとまらないが、まあ仕方ない。

文学フリマで眼鏡+白衣+理系の喫茶「Cafe Scifi + tique」のビジュアルガイドブックを購入した。
白衣に眼鏡は浪漫であることだなあ。

四川省の地震は、10万人規模になるんだろうな。
子供がかなり犠牲になること、それから、震災のどさくさでかなりの数の誘拐が起こるであろうことが、
なんというか、目の前が暗くなるような気分でニュースを見てしまう。
 

生活者への回帰

 投稿者:「ま」  投稿日:2008年 4月12日(土)02時23分17秒
  日常生活に復帰しておよそ10日である。
幸いなことに、膵炎は再発していない。
体調と相談しながら、身体を仕事に馴致させる日々である。

断酒生活も一月を超えた。
膵炎を含む内臓疾患だもんで、アルコール摂取は禁止されているので、
断酒治療の外来(端的に言えばアレだ、アルコール依存症のキ○チガイ病院だ)に
通って断酒を継続させているわけだ。

週に一度のミーティング(依存症の患者が集まって自分のことを語り合う「治療」)にも
通い始めた。吾妻ひでおの実録マンガを彷彿とさせられる空間である。
とはいえ吾妻ひでおの「失踪日記」に出てくる断酒会のAA(アルコホリクス・アノニマス)とは違って
キリスト教のメソジストみたいな雰囲気はない。

つか、ミーティングに参加する依存症の患者のみなさん(おれ含む)の雰囲気ってのは
どっか懐かしいものを感じる。場末の立ち飲みだとか、
高知の昼からやってる飲み屋にいるようなメンツと同じ目つきである。
他者を排斥するような尖った雰囲気と、内心では脅えている虚勢が、どろりと濁った空気をまとってカウンターに座っているような、そんな人間ばかりである。
でもって飲んだら手が付けられなくなる、むきだしの導火線ぶら下げて歩いているような人間ばかりである。
おれもそうなのであるから間違いない。

なかなか香ばしい雰囲気ではあるが、ともかく断酒は今のところ継続している。

断酒のための活動って、どういうわけだかキリスト教っぽいのね。

そういえば、アルコール外来にはキリスト教のシスターも来ていた。
おそらく彼女は患者ではないだろうから、何らかの奉仕活動かなんかで来てるんだろう。
キリスト教とアルコール依存症治療の関係とか調べたら面白いものが書けそうな気もするが、
治療中の身としては精神衛生上よろしくないので、自粛しておく。

>アカバット兄
 そんなわけで生き残って参りました。
 しばらくはアルコール禁止の身となりました。
 相変わらず模試の編集を行っております。
 今年度もよろしくお願いします。

断酒と並行して自炊を再開した。朝晩は下宿でメシをこさえている。
新牛蒡や春キャベツや新玉葱なんかの春の野菜はまことに美味しいなあ、と感謝しつつ
毎朝味噌汁を作っている自分が気持ち悪い。

まあ、これまで、昼は外食で麺類、夜は気を失うまで日本酒飲んで、朝は野菜ジュース飲んで胃液を吐く、という
愉快な食生活を送っていたほうが、一般的には気持ちが悪いのではあろうが。

酒を止めたらコーヒーと昆布の摂取量が増えた。
コーヒーはわからんでもないが、なぜ昆布(酢昆布や、おつまみ昆布なんか)を
こんなに食っているのか、人間の体って不思議である。
 

半分治ったのね

 投稿者:アカバット  投稿日:2008年 4月 5日(土)23時43分20秒
  退院してからここ拝見しました。
予後お大事に。
 

退院

 投稿者:「ま」  投稿日:2008年 3月31日(月)18時36分39秒
  本日退院した。
急性膵炎だったのだが、治療が早かったので快復は順調である。
炎症を起こした膵臓から消化酵素が全身に回って、自己自身を消化するという、
なんだかストレスで自分の足を食う水槽のタコみたいな病気である。

偶然にも消化器科の医長が初診で診てくれたのだが、触診するなり
「こりゃいかん。新患(新規患者)じゃ。…アルコールが原因の急性膵炎。自業自得じゃ」
と、『医は仁術』という言葉を忘れてしまうようなことを言いながら、
腹水の溜まったみぞおちやら下腹を押す。
腹水が溜まって、その上膵臓から漏れている酵素が体を消化しているので、押されると
身悶えるほど痛い。呼吸も痛ければ脈拍も痛い。

なんでこんな病気にかかったのかは、想像におまかせする。
百薬の長は万病のもとであった、とだけ言っておく。

そんなこんなで、生き残った。

見舞いに来て下さった皆さんには感謝してもしつくせない。
入院中は毎日だれかしらが訪ねて下さったので、孤独感を感じずに助かった。

なかでも、23日には秋田から見舞いにいらしてくれたのに、一時帰宅していてお会いできなかった
カガヤさんには、この場を借りてお詫びしたい。すみませんでした。

花冷えのなかを下宿に戻ってきた。
 

一時帰宅

 投稿者:「ま」  投稿日:2008年 3月23日(日)16時47分49秒
  急性膵炎で7日7夜の断飲食とごつい点滴した結果、ヤマは越えました。
医者が「ま」の内臓のCTスキャンの画像見て、残念そうに親戚や家族の前で病状を説明する図、
というものをはじめて体験した。

あと8日ぶりに水を飲むと甘いのね。これも新鮮な経験だ。

11日ぶりに一時帰宅。と言っても、蕎麦を啜ったり(蕎麦は許可が出た)散髪したりしてたら
もう病院に戻る時間。

というわけで生きてます。

>>ボザクマ
 生きて還って参りました。

入院は、短くても今週いっぱいは続きそうです。
 

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