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>だからルサンチマンとかオタクとか関係なく、漫画とかアニメが好きなら、けいおん、らきすた、とらドラは普通に見るし、ハマるんじゃないのかな。
すみません、全部の作品をスルーしている者です…。
んー、これらの作品の支持層がどういう世代分布しているのかわかりませんが、少なくともここ数年のアニメのヒットの流れだけを見ていくと、作品内における「ストレスの排除」って傾向を明確に感じるんですよね。
>汚い大人社会への反抗とか、熱血とかバトルとか強さへの憧れとか、そういうのは絶滅して、性欲にガツガツしてハーレムを夢想するのでもなくて、仲間とまったりだらだら楽しくおしゃべりして、趣味に興じて、ロマンチックな恋愛もしてという世界に対する憧れが強くなっているんではないのかな。
これって、現実での抑圧が軽減したから虚構内でも反発を求めなくなったっていうより、現実で感じうるコンプレックスやルサンチマンといった「嫌なこと」を「極力ないものとして描く」ような想像力の肥大に感じられるんですよ。
例えば、バトル漫画から努力が消えたりとか、ラノベで主人公の両親の存在が希薄であったりとか。近年は物語のなかから敵とか障害とか、主人公の行動を阻害したり、より大きな満足を得るためのストレスがどんどん軽減される傾向が強い。
あと、かんなぎの非処女騒動にしても、作画崩壊云々の話にしても「自分にとって不快なものは見たくない」みたいな耐性のなさこそ感じるんで、この手のアニメを受容している大半の層にとって現実充足ってのはどうにも違う気がします。
そもそも、オタク的文脈に則って日常を構成されている上記の作品群が、受け手側の現実を投影しているなんてことは常識的に考えてまずありえないでしょうにw
女子高生部活アニメの先輩について
http://d.hatena.ne.jp/tokigawa/20090406/p2
本当に現実に即して考えるなら、ここで言われているようなことが描かれないわけがないでしょうし。あくまで、「理想としての日常」って文脈での享受でしょうね。
てか、耳すまや時かけを見て鬱になるような連中と、けいおんやらきすたなんかを見てる層って重ならないもんなんですかねw
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